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JICA(国際協力機構)(Schumacher College留学中) 高野翔 聞き手 枝廣淳子 Interview14

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GNH調査からみえた幸せは
多様であり、身近なものだった

枝廣:
ブータン政府が作った世界的に活躍するwell-beingに関する専門家ワーキンググループの活動のように、ブータンだけではなく世界全体で同じように変えていかなくてはと働きかけをしているのはすごいなと思います。
高野:
そうですね。また、GNH政策スクリーニングツールというのもあって、ブータンの主要な政策については必ず幸せの9つの領域の観点から評価しています。GNHの観点を守っているか・促進できるかを審査する仕組みです。外国人である私も外部アドバイザーとして選んでいただいてブータンの政策に関してアドバイスが出来る関係性にある、こんな国はほかにはなく、おもしろいですよね。
※GNH政策スクリーニングツール:GNHの9つの領域に基づき20数個の項目があり、項目ごとに4段階(4=Positive、3=Neutral、2=Uncertain、1=Negative )の評価をしていき、平均で3点以上でないと、政策として承認されないという仕組み。
枝廣:
個々人の幸せ追求のために政府ががんばりつつ、一方で、例えばここにダムをつくりたい、橋をつくりたいといったときに、スクリーニングツールに照らし合わせて本当にどうなのかと政策チェックをかける、両方をやっているんですね。
高野:
まさに防波堤ですよね。そのほかに、私はGNH調査をブータンの研究所の若い研究員のみんなと一緒に国内を歩き回って調査させてもらったのは大きな経験でした。GNH調査はブータン全土20県、国全体の人口の1%にあたる約8000人を対象にしています。対象者1人に対して148の幸せの9つの領域に関する質問を2時間半ほどかけて丁寧におこなっていきました。お茶やお菓子をだしてもらいながら一日中幸せのことを聞きまわって、夜はたき火のまわりにみんなが集まって飲みながら調査を振り返るという感じなんです。
GNH調査の様子。高野さんは左から二番目。

GNH調査の様子。高野さんは左から二番目。

私の発見は2つあって、一つは「幸せは多様である」ということ。幸せは政府が決めるものではなくて、人それぞれ違う、多様であるっていうことと。もう一つは「身近なものである」ということです。
僕はGNH調査をはじめたときにブータン独自の瞑想方法とか、幸せにいたる特別な方法があるのかなと思ったりもしていたのですが、実際そんな特別なものはなくて、「親が健康だから幸せなんだ」とか「子どもが無事に育ってきているから幸せ」、「近所の人がたまに会いに来てお茶する時は幸せ」という答えなんですね。きわめて身近なものです。日本人はどちらかというと幸せは、眉間にしわを寄せて大変な思いをして目標達成してやっと手に入れられるもの、というような感覚があると思うんです。でも、幸せって、多様であり、かつ身近なものなんだなって。あたりまえのことなんですけど、それがブータンのいろんな場所でいろんな方とゆっくりお話させてもらって、あらためて感じたことです。

ブータンらしい経済とは

枝廣:
ブータンの人たちはどういう風に幸せを考えているのでしょうか。
高野:
私が一つ希望を見たのは、ブータン農業省とJICAとで実施してきた農業プロジェクトについて農家の皆さんの幸せへの効果を測ったときですね。ブータンの東部で15年以上、日本人の農業の専門家が信頼関係を結びながら、標高や斜面の状況に応じた多種多様な野菜や果物の作り方をブータンの農家の方に共有していくプロジェクトです。私自身そのプロジェクトの地域に行くなかで、すごくいい影響を、農家のみなさんと話していて感じたんですね。そこで、ブータンではじめての試みだったのですが、GNHの9つの領域と33の指標を使って、農業プロジェクトの幸せに関するインパクト評価を行うことにしたんです。そのプロジェクトに関わってくれた農家さんと関わっていない農家さんのGNH、幸せ度合いの比較調査をしたんです。
ブータン東部の農業プロジェクトの現場視察

ブータン東部の農業プロジェクトの現場視察

調査のサンプル数はそんなに多くないので、統計的にいえることというのには限りがあるのですが、それでも嬉しい結果や傾向がみえました。1つは、プロジェクトに関わってくれた農家さんの方が、現在の収入と資産に充たされている方が多かった。これはプロジェクトで農業による所得増加を当初からの目的としていますので達成すべき事柄ですね。今まではここまでしか測れなかったわけですが、GNHの幸せに関する33の指標を使うことでわかったことに、プロジェクトに関わってくれた農家さんには「地域コミュニティ内でのつながりが高い」「メンタルヘルス(心の健康)の状況がよい」、「ネガティブな気持ちを抱くことが少ない」という結果が見えたのです。
こういう結果が出て、私はひとつの光を見たといいますか、つまり働くこと、いい仕事というのは、お金を稼ぐということが、同時に地域コミュニティの活力を強くしたり、精神面をふくむ健康状態を良くしたりするところに循環する可能性、というものを感じたんです。
また、もしお金に関する指標しか持っていない国であれば、ほかの指標が下がっていても分からないですよね。文化が衰退したり、環境が劣化したり、地域のつながりがなくなったり、人々のメンタルヘルスが悪化したりしても、表になかなかでてこない。それに比べて、ブータンはいい「カルテ」を持っている。国や人々の健康状態を適切にはかる包括的な「カルテ」。私たちが自分の健康状態を知るときに身長や体重だけを見ていても分からないことが多々ありますよね。この国は幸せに関する広範な指標をもって、そのカルテで予防ができるわけです。実施しているプロジェクトが人々の幸せを考えたときに健全で有益なものなのか。国がすすむ道は健康なものなのか。
そもそもブータンの言葉では、経済を「ペルジョア」といいます。「ペル」はprosperous、「ジョア」はwell-beingで、「ジョア」は文中で使うと集合的、集まるという意味もあって、日本語にすると「持続的で繁栄的な集合的幸せ」という意味です。GNHそのものですね。なので、もし「ブータンの経済成長とは何か」という問いに私なりの答えを出すとすれば、それは生活水準を上げたり、お金を稼いだりすることだけに収まる議論ではなく、経済が「回る」という状態を目指すということになると思います。いい仕事をして、稼ぐこと、働くことが、同時にペルジョア、集合的な幸せを構成する要素であるGNHの9つの領域もぐるぐると回すこと。それが、ブータンの経済成長なのだと思います。本来の彼らの経済の言葉からすると経済循環みたいなことなのだと思うのです。それを可能とする、いい仕事や働き方を増やしていくのが、ブータンの経済政策のあり方なのだと思います。
枝廣:
経済というと日本ではもともと「経世済民」ということを考えます。ブータンの政府はそういうかたちで経済のことをとらえていますか?
高野:
経済をグローバルスタンダードのエコノミーと捉えるのであれば、お金というか生活水準により焦点がいきますよね。
枝廣:
そうですよね。農家さんの調査の例はJICAとしても同じ生活水準をあげる働きかけにしても、コミュニティのつながりや活力にプラスに働くプロジェクトの作り方もあるし、マイナスに働く作り方もありえますよね。
高野:
そうですね。いかにプラスに働く作り方をおこなっていくかなのだと思います。農業のプロジェクトでも日本人の農業専門家がブータンの農家のみなさん全員に直接教えることは無理なので、ある人に教えたらその人が近所の農家さんに教えるという、普及の輪を広げていけるようなプロジェクトの仕組みをとりました。それは非常にブータンにあっているというか、人に教えられるということは、友達が増えることでもあり、共同体の中で承認を得られたり、誇りを得られたりと。つながりたいという気持ちの強いブータンの特徴をいかした農業プロジェクトの設計が出来たからこそ、生活水準が上がるところ以外にも影響が出たのだと思います。
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