福井の「未来の幸せアクションリサーチ」:AIを用いて、一人ひとりにとっての幸せと社会像を考える取り組み
ワークショップの様子
2019年8月28日、福井新聞(福井県福井市)の紙面に、AIをつかった「未来の幸せアクションリサーチ」のアクションが発表されました。「未来の幸せアクションリサーチ」は、福井新聞の創刊120周年にあわせて、同新聞と日立京大ラボ(京都市)の共同研究として、2019年3月下旬に始動したものです。「AIを使ったリサーチ」と聞くと、コンピュータが自動的に結果を出してくれるような機械的なものを想像しがちですが、「未来の幸せアクションリサーチ」では、県民のみなさんが大きな役割を果たしたそうです。どういうアクションリサーチだったのでしょうか。クリエイティブディレクターとしてプロジェクトに関わった高野翔さん(福井県出身)に、お話を伺いました。
人々が感じる幸せに焦点:未来の幸せアクションリサーチ
幸せ研:高野さんはJICA(国際協力機構)の職員としてブータンの国民総幸福(GNH)調査に関わった経験もお持ちですが、今回のアクションリサーチでは、クリエイティブディレクターとして、どのような役割をされたのかまず教えて下さい。
高野:今回のアクションリサーチに関する、問いと参加のデザイン設定、そしてAI解析結果を踏まえたアクションの結晶化や紙面を活用した表現を総合調整する役割でした。
幸せ研:AIと一人ひとりの幸せの組み合わせが面白いですね! 幸せといえば、日本総合研究所が2012年から2年に1度発表している「都道府県幸福度ランキング」で、福井県は2014年から3回連続1位を獲得しています。「未来の幸せアクションリサーチ」と、「都道府県幸福度ランキング」はどのような点が違うのですか?
高野:日本総合研究所のランキングは、1人当たりの県民所得などの基本指標5項目と、仕事、教育、健康、文化、生活の5分野などあわせて70の統計データを元に作られた指標です。幸福度ランキングが1位であることは大変喜ばしいことだと思います。ただ、このランキングは、人々に直接尋ねて得られた結果ではありません。統計データを元にした既存の客観的指標だけを見ていると、どうしても私たち福井人自身の主観的な幸せが置き去りになってしまいます。福井で「幸福度ランキングは1位なのに幸福の実感がない」という話をよく耳にするのも、その影響ではないかと思うのです。
いま、ブータンのGNHをはじめ世界中で、「人々の主観的な幸せ」を測る試みが行われています。私はブータンで幸福度調査を行っていましたが、各家庭を訪ね、対象となる国民に対して148の質問を2時間ほどかけて行いました。このプロセス自体が、一人ひとりが自分の幸せを再認識し自分の幸せを問う場になっています。そこで、今回のアクションリサーチでは、主観的な幸せ(主観的幸福)に焦点をあてました。
市民×AI 未来の幸せアクションリサーチの3つのステージ
幸せ研:2時間もインタビューできること自体が、ブータンらしいですね! 今回のアクションリサーチも、プロセスの中に、一人ひとりが自分の幸せを考える仕組みが含まれていたのだと思います。プロセスは3つのステージに分かれています。ステージ1は情報収集のステージ、ステージ2はAIによる選択肢検討のステージ、ステージ3は戦略選択ステージですが、各ステージについてお話を聞かせてください。
ステージ1 情報収集
高野:ステージ1の情報収集では、福井新聞の紙面やウェブサイトを通して、福井県民(在住者・出身者)から福井の暮らしの中で幸せを感じるとき、こと、もの、ひとなどの「幸せ」を、言葉や写真で送ってもらい、400人以上から1,000を超える多彩な「幸せ」が寄せられました。
幸せ研:なるほど、紙面を通じて広く意見を募集することで、多くの人に関わってもらう仕組みを作ったのですね。集まってきた「幸せ」の声に特徴はありましたか?
高野:「家族・友人」「食と農」「健康」「時間の使い方」「仕事・マイプロ」「自然」「まちづくり」「学び」「文化」の9分野に関する幸せの声が集まりました。特に、家族に関する幸せの声が一番多かったですね。また、血縁の家族のみでなく、友人や仲間や好きな人というキーワードも頻出しており、「家族・友人」として、拡大家族をイメージし、一人ひとりにとって大事な人の存在も入れ込めるような分類としました。加えて、ブータンのGNHには含まれない幸せの概念として、食を起点とする幸せが多く見られました。美味しい物を食べるという行為ばかりでなく、それをつくりだす行為にも幸せの源泉が及んでいるため、「食と農」と分類することにしました。福井や日本の「食と農」の生活における重要さとそれに起因する幸せというものは他国と比べて強いと言えるのではないかと思います。
幸せ研:なるほど、国や地域によって大事にする幸せの観点がかわってくるというのは面白いですね。紙面を通じて集められた幸せは、どのように使われたのでしょうか。
高野:次のステップではまちづくりや医療、福祉、子育て、農業、行政など福井の各分野の有識者約30人の方々とワークショップを開催し、集められた幸せを150指標に整理し、福井の"幸せ150指標"を完成しました。一人ひとりの主観的な幸福をより内側に、地域社会の客観的指標をより外側に配置しました。人の幸せや地域社会の健全度を、質的な側面からも包括的に考慮できる人間的な指標が誕生してくれました。
【以下の福井新聞のサイトより元画像(拡大画像)をご覧いただけます】
https://www.fukuishimbun.co.jp/common/dld/pdf/26d362e6b2893625196749003a075128.pdf
また、ワークショップでは指標同士の関係性を結んで整理していく作業も行いました。これは次のステップのAIによるシミュレーションを行うための準備作業となります。
幸せ研:なるほど。ここで、いよいよAIの登場ですね!
ステップ2 AIによる未来シミュレーション
高野:はい。ワークショップの結果を元に、日立京大ラボが、指標間の関係性を設定した構造式を作成し、AIによって2050年の社会像シナリオの2万通りのシミュレーションを行いました。
幸せ研:2万通り! たいへんな数ですね。
高野:その中で、特徴が似ている6つのグループに分けられました。たとえば、「愛情を感じる」「世代間の交流」などが全体的に高まる社会像シナリオのグループや、人とのつながりに関する指標の低下が目立つ社会像シナリオのグループといった具合です。この結果が出たタイミングで2回目のワークショップを開催し、6グループの特徴を分析しました。
幸せ研:AIを用いるというと、最初から最後まで全部コンピュータで行われるようなイメージだったのですが、AIを用いるのは、プロセスの真ん中に当たる部分だけなんですね。
ステップ3 戦略選択
高野:そうなんです。未来のパートナーであるAIが示唆してくれる情報は膨大にありますが、その価値判断を行うのはやっぱり私たち人間。スタートとなる問いの設定と、AI解析結果をどのように解釈するかは人の想いなくしてはできません。今回のAI解析から得られた結果で注目したのは、2050年に幸せ150指標のほとんどを実感できる社会と実感できない社会を分岐させる3つの幸せ指標、「人のつながり」「助けあえる関係性」「世代間の交流」の重要性でした。他者との交歓が人の幸せにおいて欠かせないという、当たり前すぎてはっとさせられる結果でした。まちづくりによそもの視点は大事だとよく言われますが、究極のよそもの視点であるAIからはそのように見えるのかと。そして、この3つの交歓を福井の日常に届けるために「小さな幸せアクションカード」としてまとめました。
【以下の福井新聞のサイトより元画像(拡大画像)をご覧いただけます】
https://www.fukuishimbun.co.jp/common/dld/pdf/d0d26017307319be8c54a9fd9b0897f7.pdf
幸せ研:「小さな幸せアクションカード」を拝見したのですが、「地域の祭りの日を手帳に書き込もう」「家系図を書いてみよう」「地元の農作物だけを使った料理を作ってみよう」など、素敵なアクションばかりでした! カードの右上に書いてある「学び」「食と農」は、1回目のワークショップで考えた9分野ですね。結果を発表するだけではなく、アクションの提言まで行ったのはなぜですか?
高野:アクションリサーチは、特定の研究者だけでなく多種多様な生活者の一人ひとりが、ある課題解決のために当事者として参加し、実践的解決策を見つけていくプロセスです。今回紙面で共有したような身近で小さなアクションを一人ひとりが起こしていくことこそが福井の彩り豊かな未来をつくり、一人ひとりの幸せ実感ある生活をつくっていくという想いからこのような結果表現としました。
幸せ研:AIを用いながら、身近な幸せをつかんでいくアクションリサーチの取り組み、大変参考になりました。どうもありがとうございました。
- 福井の暮らしで感じる「幸せ」とは(福井新聞創刊120年プロジェクト)
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/922090